妙見東中央公園の「妙見山古墳」

妙見東中央公園 改修された石の滑り台
妙見東中央公園 改修された遊具
妙見東中央公園
発掘調査の結果、勾玉1個、ガラス小玉6個、菅玉15個、鉄器(剣残欠3点、刀子3点、やりがんな5点、鉄鏃3点、埴輪片、石英30数個と遺物に付着する朱を発見することができた。(星田歴史風土記)
発掘当時の妙見山古墳
発掘当時の妙見山古墳
発掘調査の風景
妙見山古墳の粘土槨
妙見山古墳の粘土槨周囲の排水溝

🌿妙見山古墳のご案内

大阪府交野市にある妙見山古墳は、古墳時代前期(4世紀中ごろ)に築造されたとされる歴史的遺跡です。この古墳は、交野物部氏の首長を祀ったものと考えられており、交野市の古代史を語るうえで欠かせない存在です。

🏞 発見と調査の経緯

昭和41年(1966年)8月30日、四条畷高校の生徒がハイキング中に妙見山の尾根で古墳らしき地形を発見しました。その後、交野町教育委員会による調査が行われ、昭和43年(1968年)12月に正式な発掘が実施されました。

発掘には地元の高校生や研究団体が協力し、勾玉・ヒスイなどの装身具、鉄製の矢じりや刀、朱が付着した遺物などが出土しました。これらの発見は、当時の人々の暮らしや信仰を知る貴重な手がかりとなっています。

🏕 現在の妙見山古墳

造成工事により古墳の一部は失われましたが、跡地は「妙見東中央公園」として整備され、古墳のレプリカが再現されています。園内には円墳が4基並び、栗石で縁取られた姿が当時の雰囲気を伝えています。

🧬 交野物部氏と古代の交野

妙見山古墳の被葬者とされる交野物部氏は、饒速日命(にぎはやひのみこと)を祖とする神別氏族で、交野市に深く根ざした歴史を持っています。市内には磐船神社や哮峰(たけるがみね)など、天孫降臨伝説にまつわる地が点在しており、古墳時代の祭祀遺跡も数多く残されています。

交野物部氏の伝承は、交野市の文化と歴史を今に伝える大切な財産です。妙見山古墳を訪れることで、古代の交野に思いを馳せてみてはいかがでしょうか。

古墳の木簡の在った場所で発見された勾玉と首飾り
勾玉と首飾りのパーツ
鉄器:鉄鏃てつぞく(鉄の矢じり)刀子とおす(小刀)鉇やりがんな

写真の引用先:

ふるさと交野を歩く 神の巻 
著者:奥野平治 発行者:交野市教育委員会

北河内の古墳 前・中期古墳を中心に 
著者:櫻井敬夫 他
発行者:㈶交野市文化財事業団